建前だけの復興加速化ならいらない

政策シンクタンクPHP総研 主席研究員 熊谷哲

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心の復興と生活再建を支える社会起業家の活躍
 
 課題が山積している被災地の復興だが、足踏みしていることばかりではない。地域産業の創造的な復興を成し遂げようと新たな方法論で挑もうとしている事例や、被災地に腰を落ち着けて継続的かつ精力的に支援活動を行ってきた団体などとのコラボレーションで新たな価値を生み出そうとしている事例は、枚挙に暇がない。
 
 宮城県は「水産業復興特区」という制度をつくり、被災地の最重要基幹産業のひとつである水産業にイノベーションを起こそうとしている。特区の柱のひとつは、これまで漁協に対して優先的に与えられてきた漁業権を、民間企業と連携した地元漁業者主体の法人に与えるところにある。これにより、民間企業との連携を具体化させて投資や経営能力を漁業の現場に呼び込み、漁場の生産段階から流通・販売までを一気通貫させることで競争力を高め、地域の復興とともに新たな漁業のあり方を築くことが狙いだ。特区第一号となった石巻市桃浦の漁師15名と仙台水産による「桃浦かき生産者合同会社」は立ち上がりも順調で、すでに桃浦ブランドの牡蠣が地元百貨店や首都圏の大手外食チェーンなどで提供されている。
 
 また、この特区の制度によらないところでも、漁協依存から脱して新たな漁業経営をめざそうという漁師のグループが法人化するなどして、生産から販売までを直接手がける試みが各地で起こっている。復興支援をあてにするではなく、震災を契機に新たな取り組みによって活力を生み出していこうという姿勢は、生産性の高い漁業に生まれ変わる第一歩となるに違いない。
 
 地域資源のブランド化については、「大槌復興刺し子プロジェクト」と「気仙沼ニッティング」を置いては語れない。大槌刺し子は特定非営利活動法人テラ・ルネッサンスが、気仙沼ニッティングは「ほぼ日刊イトイ新聞」の糸井重里事務所が、地元の人々と一丸となって立ち上げたものだ。どちらも、もともと地域に存在していたものではないが、生きがいや居場所をつくり出すために手仕事に着目し、活動を続ける中で事業化が図られてきた。復興支援はもとより、経済開発支援の事例として希有な成功例である。
 
 地域に新たな価値をもたらしたと言えば、宮城県女川町に女川向学館、岩手県大槌町に大槌臨学舎というコラボスクール(放課後学校)を開設したNPOカタリバの奮闘ぶりは群を抜いている。勉強したくても学べる場所がない、居場所がないという子どもたちのために、放課後の学習指導の場をつくろうとしたのが、その始まりだ。必ずしも進学意欲が高かったわけではない地域の中で、日常的な存在ではなかった大学や大学生というものが身近なものとなり、地域のあり方や子どもたちの将来をあらためて考える貴重な機会をつくり出している。また、震災によって、これまでとはまったく違う立ち位置から社会を見つめ、地域のためになることを考え始めた子どもたちの受け皿となり、企業などとのコラボ事業や全国的なイベントへの参加などによって、単なる学習指導の範囲を超えた取り組みが広がっている。
 
 震災後、多くの支援団体が被災地へと向かったが、現地で信頼を得ることができず撤退していったところも少なくない。そんな中で、それまで縁遠かったものとの出会いによって新たな気づきを得て、元気を取り戻し、生活を再建していこうという挑戦があちこちで続けられている。こうしたソフト面での復興の取り組みを改めて評価し、新たな地域づくりの中核として資源を集中的に投入すべきではないだろうか。
 
 ひるがえって日本全体を見渡せば、被災はしていなくても、被災地と同じように厳しい環境に置かれている地域は少なくない。被災地において、NPOなどが中心的な役割を果たした新たな事業創造の取り組みや、あるいは行政と民間事業者との連携による産業構造転換の取り組みは、そうした地域でもきっと参考となるだろう。こうした被災地の取り組みから「復興支援」という看板が名実ともに外されたときこそ、また地域再生の成功事例として各地の範となったときこそ、本当の意味で復興が成し遂げられたと言えるのかもしれない。その日が一日も早く訪れることを、心から願ってやまない。
以上

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