「人が動く」雇用の規制改革の現場から

慶應義塾大学教授 鶴光太郎 (聞き手:政策シンクタンクPHP総研 熊谷哲)

 日本経済に新たなイノベーションを起こすために、硬直的で旧態依然とした雇用慣行を見直すべきだ、という声は根強い。終身雇用や年功賃金、企業別労働組合を特徴とする日本型雇用システムはすでに制度疲労を起こしており、労働者と企業の双方にさまざまな弊害が現れているからだ。少子高齢化やグローバル化といった今日的な環境変化に対応しつつ生産性の向上に貢献し、持続可能な雇用システムに作りかえることが急務である。
 
 だが、実際に雇用の規制改革の検討が始まると、そもそもの課題の捉え方から紛糾し、実のある議論が妨げられ改革が遠ざけられる嫌いがあった。
 
 そんな中、政府の産業競争力会議に設置された雇用・人材分科会は昨年12月、『「世界でトップレベルの雇用環境・働き方」の実現を目指して』と銘打った中間整理を公表した。目標は、柔軟で多様な働き方ができる社会や、企業外でも能力を高め適職に移動できる社会の構築である。
 
 そこで、「人が動く」雇用改革をめざし、実務的な議論をリードしている内閣府の規制改革会議・雇用ワーキングループ(雇用WG)の鶴光太郎座長に、今後の展望を伺った。

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労働者派遣制度の見直しが固まる
 
−−−つい先日、労働者派遣制度の見直しの具体策が、厚労省の労働政策審議会(労政審)の職業安定分科会で方向づけられましたね。
 
 その分科会の中におかれた部会では、派遣期間のあり方や、正社員の仕事に取って代わるものとはしないという常用代替防止という考え方をどうするのか、かなり突っ込んで真正面から議論していました。去年の早い段階で、これは私たち規制改革会議と方向性を共にできるのでないかと、そういう感触があったんです。そこで、結論を先取りするかたちで、専門26業務(専門的知識や特別の雇用管理を必要とするため、派遣受入期間に制限を設けていない特定の業務)の撤廃や常用代替防止の転換を、私たちの方から打ち出していました。
 
 −−−派遣制度の望ましいあり方というのは、長きにわたって規制改革の中心的なテーマのひとつでもありました。
 
 派遣の問題は、政治のいろいろな波に翻弄されてきました。はじめは、現実のニーズに対応して規制緩和を行い、派遣への切り替えが進みました。それが、とりわけリーマンショックのときには雇用調整の非常に大きなバッファ(緩衝役)として使われて、派遣切りなどの問題が顕在化しました。
 
 それに対応して、民主党政権は登録型派遣(派遣労働を希望する人が派遣会社に登録し、派遣先が決まり就業している期間のみ雇用契約が結ばれる派遣形態)や日雇い派遣(1日単位の雇用契約が結ばれる派遣形態)の原則禁止など、非常に規制色の強い見直しを打ち出しました。その結果、例えば専門26業務についても仕事の範囲を厳格化する「適正化プラン」を設けたことで、現場の実態に合わないところや矛盾点が出てきていました。そうした揺らぎの中で、労政審としては今回の見直し案で一定の着地点を見出したということだと思います。
 
 −−−規制改革会議・雇用WGの第一回会合の際(2013年3月28日)に、「派遣の常用代替防止という考え方を変えるべきだ」、あるいは「派遣業者『性悪説』を見直すべきだ」という問題提起をされていました。その点は、労政審の方向性で十分な見直しが図られると言えるのでしょうか。
 
 正社員を守る常用代替防止という錦の御旗そのものは降ろしていないけれども、実態は大きく変わります。例えば、派遣元で無期雇用されている人は、業務も期間も制限されることなく派遣先で働けることになり、常用代替防止から事実上外れることになります。これを奇貨として次の見直し、次の改革へと進んでいけるわけで、大きな改革の入り口として大変意義があったと思います。
 
 −−−民主党政権時の政策決定からの揺り戻しとも受け取れますが。
 
 今回は、平成24年改正によって使い勝手の悪くなったところを見直しつつ、全体を捉え直したということです。そこに政治的な意志が入り過ぎて、遺趣返しみたいなことになるのはおかしい。現実の社会や経済の動きとの対応で、制度がうまく機能しているのか、一つひとつ丁寧に見極めながら必要な改革を行うという姿勢を、どの政権の時であっても私は変えるべきではないと思います。その意味で、今回の見直しは妥当であると言えるでしょう。
 
 −−−性急に過ぎることなく、状況を精査しながら時間をかけてやっていかなくてはいけない、ということですね。
 
  あらゆることを一遍にという人もいますが、それはやっぱり難しいですね。今回の見直しが実現すれば、先ほど述べたように派遣元で無期雇用されていると制限がなくなります。一方で、これまで専門26業務の派遣で期限の定めなく勤められていた人でも、派遣元で無期雇用されていなければ、これからは3年で部署を変わらなくてはいけなくなる。もう少しじっくり働くってことはできないか、あるいはキャリアアップしていくために派遣であっても異動させることが重要なのではないか。動かすとしたら3年なのか、それとも有期雇用の上限の5年を目安にするのか。こういうことは理屈だけじゃなくて実態を見なければ、予想外の副作用があるかもしれません。ですので、より良い仕組みにしていくために、ステップを踏みながらやっていくことが大事ですね。

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